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福島地方裁判所 昭和33年(わ)86号 判決

被告人 渡辺武

昭一二・九・一六生 農業

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三十二年十一月下旬頃の午前九時三十分頃福島県安達郡二本松町(現在二本松市)高越字町七番地根本イノ方において、真実米を貰つた事実がなく、また米を売り渡す意思もないのにあるように装い、同人に対し「家から玄米四俵を貰い、今精米所に頼んでいるが、十時頃までに持参するから、一俵四千円で買つてくれ」と虚構の事実を申し向け、同人をして確実に米を買い受けられるものと誤信させ、よつて即時同所において米一俵の売買代金の内金名下に現金二千円の交付を受けてこれを騙取し、

第二、昭和三十三年一月二十六日午後三時頃から同年一月二十九日午後二時頃までの間に前同町館野字戸ノ内七十七番地佐藤直治方において、同人所有の現金合計五千二百円在中の財布二個を窃取し、

第三、同年七月八日午後五時頃前同町原瀬地内の通称兄弟堰附近において、折から水田に水引をしていたA(当時十三歳)を認めるや、劣情を催して同女を強姦しようと考え、同女に対し「山へ行こう、行かないと半殺しにするぞ」と申し向け、更に嫌かる同女の頭部を手拳で一回殴打してむりやり同女を同町館野字東館十七番地の山林内に連行し、やにわに同女の肩を掴んで押し倒し、同女の身体をおさえつけてその反抗を抑圧した上、ズボン、ズロースを脱がせ、馬乗りとなつて強いて同女を姦淫し、その際同女に対し処女膜裂創等の傷害を与え、

第四、同年七月十二日頃前同町館野字久保九十五番地国分チイ方において、同人所有のラジオ一台を窃取し、

第五、同年七月十五日早朝前同町北杉田字五輪十七番地角田清市方店舖において、同人所有のズボン二着を窃取したものであるが、前記第二ないし第五の犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

判示第一の所為は、刑法第二百四十六条第一項に、判示第二、四、五の各所為は同法第二百三十五条に、判示第三の所為は同法第百八十一条に各該当するところ、判示第三の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人は判示第二ないし第五の罪を犯した当時心神耗弱の状態にあつたから、同法第三十九条第二項第六十八条第三号を適用して法定の減軽をなし、判示各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第十条により最も重い判示第三の罪の刑につき同法第四十七条本文を適用して法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が前記各犯行当時いずれも心神耗弱の状態にあつたと主張する。被告人が前示第二ないし第五の各犯行当時心神耗弱の状態にあつたことは右に認定したとおりである。よつて、以下前示第一の犯行当時における被告人の精神状態について検討する。

およそ精神薄弱者のような恒常的精神障害者が犯行当時是非弁別能力を著しく欠いていたかどうかを判定するには、先ず現在の状態における遺伝的負因、各種の知能テストに基く平均的知能指数、情意及び性格の偏倚の有無等を考慮に入れなければならないのは勿論であるが、たゞこれのみをもつて足れりとするものではなく、当該行為前後における具体的言動その他犯行の手段方法をも充分参酌してこれを決すべきものである。特に平常の状態においてさほど重症とは言えない精神薄弱者例えば魯鈍者、軽症痴愚者にあつては、精神作用の各分野における発達の度合は必ずしも一様でないばかりでなく、その精神状態も常に一定不変のものとは言えず、特殊な生活経験を有する行動場面においては常人と変らぬ知能を発揮することがあり得るのであるから、このような者がたまたま詐欺、偽造等のいわゆる知能犯といわれる罪を犯した場合には、その者の現在属する精神薄弱の程度から直ちに一般的な推定を用いて心身耗弱か否かを決すべきものではなく、特定の行為についてその具体的状況をあわせ検討する必要があるといわなければならない。

今これを本件についてみるに、被告人は幼時から知能の発達が遅れ、十六、七歳頃から二回程医療少年院において相当期間矯正策が施されたにもかかわらず、今なおその知能程度は軽症痴愚の状態にあることが認められるのである(鑑定人石橋俊実作成の鑑定書、証人丸井琢次郎の証言)が、判示第一の犯行時における具体的状況を仔細に検討すると、被告人は生来農家に育ち、最近における自家保有米の売買(横流し)の実情、その価格等について知識経験を有し、本件の場合、先ず近所の風評から判断して米を買いそうな根本イノ方(同人は被告人方と旧知の間柄である。)を相手方として選択した上、「米を買わないか」と虚構の話を持ちかけ、相手方より米の出所について怪しまれるや、家から玄米のまま貰つたものである旨架空の事実を言つてその場を逃がれ、急ぎの使い途があるからいくらか貸してくれ(内金として前渡して貰いたい)と申し込み、米を直ちに持参できない理由として現在精米中であるという虚偽の事実を案出する等その問答も筋が通つていて金員騙取という一定の目的に向つて順序正しく組織された行動をしており、その過程において格別奇異な言動はなく、被害者根本イノ(同人は、当公廷における供述内容態度からみて特に常人に比して知能が低いとは認められない。)も被告人の詐欺の意図を察知し得なかつたことが窺われるのである(証拠の標目欄中第一の事実について摘示した各証拠及び前記石橋鑑定書中本件詐欺に関する被告人の供述記載)。鑑定人丸井琢次郎作成の鑑定書及び同石橋俊実作成の鑑定書は、右のような犯行の具体的状況、被告人の言動及びその当時の知能ないし精神状態について特に慎重に考慮を払つた形跡はなく、被告人の現存の知能ないし精神状態から直ちに一般的に推定して右犯行当時被告人の是非弁別能力に著しい欠陥があつたと結論ずけているに過ぎないものである(右のように著しい欠陥のある者がなにゆえに前記認定のように常人と殆んど異らない知能を発揮したかについて納得のいく説明がなされていない。)から、この点に関する右鑑定書の各記載は到底措信できないものである(なお、本件詐欺以外の各犯行当時被告人が現在の状態以上の知能を有していたことを認めるに足りる資料はない。)

以上の次第で、被告人が右判示第一の犯行当時常人に比して著しくかけ離れた知能ないし精神状態にあつたものとは認められず、従つてこの点に関する弁護人の主張は到底採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 佐々木泉)

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